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疣石考

故郷の諏訪や近くの高遠には幾つかの疣石がある。
いずれも多孔質の火山岩で大きめの穴には雨水が溜まっている。
その水をつけると疣が取れると伝わっているけれど疣石のほかにもそれらの石にはそれなりの名前がついていて、その曰く因縁も伝えられている。
くぼみに溜まった雨水は数日天気が続いても涸れることはない。
それこそ霊験ありと思わせるものなのであろう。
私の子供の頃は昭和二十年から二十五年の終戦後の混乱期であった。
衛生状態は極めて悪く男の子は丸刈り頭がシラクモ(皮膚病)で、身体検査ではそこへヨードチンキを塗られて地球儀のようになっている子がいた。
靑鼻は始終垂れていて先生に「かめ」といわれるやいなや袖で拭い更にズボンの尻になすり付ける・・・袖も尻もてかてかに光っている子もいた。
身体検査でシラミが見つかると首っ玉にデーデーテーの粉をまぶせられて白い首のまま授業に出ている子もいた。
私は冬になると耳から始まり手の指や足の指が霜焼で膨らんで仕舞いには膿んでくる。
毎日風呂に入ればいいのだが当時は「廻り湯」と言って数軒で一つの風呂桶を何日か置きに回して沸かしたのである。
回虫も蔓延していた。
検便はマッチ箱に入れて学校に持参するのである。
マッチ箱は更に新聞紙で包んでひもで結わえ腫れもののようにぶら下げて持参したものである。昔のマッチ箱は大きかった。
今の倍もあるものだったが検査する方も大変だったのではなかろうか。
全員で「かいじんそう」というものを飲まされた。
その不味いこと、そんなことだけは覚えているけれどそんな時代に生きていることが辛いとか悲しいなどという気持ちはなく毎日遊びまわっていた。
疣の原因が何であるか知らないけれど手に疣をつけた子供が多かったとおもう。
指の関節の上側に小豆ほどの疣がいくつもできている子もいた。
指の上側であれば何をやるのにも不自由することはないからそれほど気に病んでいる子供はいなかったものである。
むしろ遊びの道具であるが如く「疣疣移れ」などと反対の指先でちょんちょんと疣と何かを交互に触って渡そうとするのである。
その対象はなんでもよかった。
校庭にそびえるポプラの樹の根元にある枝を落とした後の株であったり(その株を石で叩くとどんぐりほどの木の塊が取れる)あるいは鉄橋(宮川にかかる鉄の橋で学校に行き帰りに必ず通る)の三センチほどもある並んでいるリベットの丸い頭であったり、鎮守の社の疑宝珠であったり、時には友達の指先であったりした。
子供を取り巻く環境の中にある出っぱったものなら何でもよかったのであって上諏訪や高遠にある疣石に行ったなどという話は聞かないしそんな発想もなかったのである。
もうその時代には子供手でも疣石などは迷信の範疇であったのだと思う。
まして子供とはいえ「疣疣移れ」で本当に移るなどとは思っていなかったし、やられる方も移るとは思っていなかったから止めはしなかったものである。
もし疣の原因が病原体であるならば疣疣移れで人に移る事もあるだろうけれど渡らせた自分の反対側の手には何故移らないのだろうか。
それに移ったからといつて直ってしまうのはおかしい。
でも、もしかしたら移る、渡ると念じ、信ずることによって体の中に何らかの抗体が生じ自然に治癒してゆくということもあるやも知れない。
まんざら信用しないのも大人げない。
風邪だって人にうつしたら直ったなんて良くいうじゃないか。
疣はそのうちに取れてしまったらしい。
自然に治ってゆくのだろう。
中学に上がる頃には大抵は取れていたようである。
疣が何らかのおまじないでぽろっと取れてしまうなどということはあり得ない。
そのことを忘れてしまったころに直っているのである。

疣は出っ張っているものだから窪んでいる石なぞはそれを相殺できるものとして容易に理屈が付く。
疣特効薬などないのだから、親にしても、いや医者にしても放っておくわけにはいかないだろうから疣石は格好の処置方法となったのだろう。
石を訪ねるようになって疣とりの地蔵だとか神様と伝わるものの中に疣とは全く縁のなさそうな壊れかかった石碑や石仏に遭遇することがある。
どうしてこれが疣とりの言い伝えとなったものか想像も及ばない。
おもうに疣とりの対象はなんでもよいのであってもっともらしい理由などないのであろう。
先日眼科にいって(花粉症がひどくて)待っていたら業者が液体窒素のボンベを運んでいるのに遭遇した。
看護婦さんに聞いてみたら隣の皮膚科で疣を凍らせるのだという。
ほう、今は凄い治療法があるものだと驚くと同時に、昨今疣など見たことがないけれど今でもあるんだと疣石の事が頭に浮かんできたのである。
この時期花粉症の患者が多くて眼科では長時間待たされるのである。



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2016.04.06(13:05)|穴ぼこだらけの神様たちコメント(0)TOP↑
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