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8-4-11円明寺son (7)
以前のはなしだが、Yさんが故郷の姫路で同窓会があるため帰省するという話をきき、姫路の近くにある貞治仏を私の分までみてくれるようにお願いしたことがある。
飛んでゆきたいところだが兵庫は遠すぎるからせめて撮ってきた写真でも見せてもらおうというわけである。
貞治仏は故郷に近い信州や甲斐に大半が集中しているのだが、遠いところでは伊勢・周防・播磨・但馬にあることが知られている。
但馬の和田山にある円明寺は地図で見ると姫路から日本海側に少し上ったところである。
曽根原氏の紹介するところでは貞治が円明寺の光隣和尚の要請で延命地蔵尊を彫っていたが仕上げ間近になって顔に石の傷が出てしまった。
途方にくれる貞治に光隣和尚は「そのままでいい」と慰めたのだという。
実は光隣和尚の顔にも同じ所にしみがあったというのである。
せっかく行くのならそれを確かめてみたかったのである。
貞治仏を世に紹介した曽根原氏によると光隣和尚の顔にもしみがあったという証拠に円明寺に伝わる実門の描いた光隣和尚の肖像画を挙げているのだが、氏の本の写真では画像が粗くそのしみは詳細にみえない。
Yさんが住職に聞いたところではその肖像画はどこかにしまったままになっていることと、その顔にしみがあるというような話は伝わっていないそうである。
円明寺には願王禅師と貞治と実門(願王禅師の弟子で絵師)も同行したことがわかり、実門は絵にしみまで描いたことは想像に難くなく、今でもしみ取り地蔵として伝承されている由縁であるとおもうのだが。
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2014.08.14(08:03)|貞治仏コメント(0)TOP↑
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