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貞治佛は佉羅陀山地蔵大菩薩がおおい。
佉は字引きでみると「きょ」とある。呉音では「こ」。
普通は「きゃらだせん」と読んでいるけれど山は「せん」・・呉音である。
すると「きゃらだせん」ではなくて「こらだせん」と呉音で読むのが正しいかもしれない。
佉羅陀山とは須弥山を取り巻く七金山の一つで延命地蔵菩薩経の始まりに出てくる。
如是我聞一時佛在佉羅陀山與大比丘衆萬ニ千人倶・・・
地蔵菩薩の住む光明の山だという。
貞治は温泉寺の住職願王禅師に従っていた。
願王禅師は地蔵の信仰を精力的に各地に広めた人である。
貞治に地蔵が多いのはそのせいだが、まてよ温泉寺は臨済宗妙心寺派、禅宗である。
禅宗でも当時は地蔵信仰を勧めていたのだろうか。

そもそも地蔵菩薩とは何だろうか。
地蔵とは乞叉底蘖婆(きしゃちぎゃは)kshitigarbhaを意訳したものだという。
釈尊滅後如来の附属を受け弥勒の出生まで六道衆生を教化するための大悲の菩薩であると仏像図鑑にある。
その形も記されている。
秘蔵記には、白肉色左手に蓮華、上に幢幡あり、右手に宝珠
不空軌には、内に菩薩の行を秘め外に比丘形を現し、左手に宝珠、右手に錫杖執持
不空羂索経には、手に蓮華を執り台上に宝印あり、右手掌を揚げ半跏趺座す
八大菩薩曼荼羅経には、左手を臍下にして鉢を持し右手之を覆う、また智泉様なる像は左手に宝珠、右手は与願になし比丘形なり
胎蔵界曼荼羅地蔵院の像は、菩薩形肉色、左手蓮に如意宝幢あるを持し、右手に宝珠を乗せ胸にあり、蓮に座す

貞治が温泉寺の住職であった願王禅師にであったのはいつごろかわからないが地蔵信仰を広めていた禅師に近づくことは自然の成り行きであったはず。
願王も人並み外れた優れた地蔵をつくる貞治をもって各地の地蔵信仰を教行する必要があった。
願王は「南無地蔵大菩薩」という書を多く残している。
貞治の残した細工帳を見ると大菩薩というふうに大が出てくるのはその三十番目からである。
十六番目に地蔵大菩薩の例があるものの三十番目の延命大菩薩から急におおくなる。
細工帳が年代順ではないかもしれないが記録というものはおおよそは順を守るものだろう。
大菩薩といういい方が多くなるところを見ると、そのころ願王禅師とあっているのかもしれない。
地蔵大菩薩といういい方は願王禅師に従ったことがうかがえる。
建立した寺側に残された史料には単に地蔵建立云々としか書いてないし、仏像図鑑などにも大菩薩といういい方はない。
大は優れたという意味である。
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2014.08.09(07:46)|貞治仏コメント(0)TOP↑
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