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その日の帰り道、隣の原山地区にお伊勢の森神明社という神社がある。
新しい建物でそこには何もないけれどそこから北に少し入ったところに二基の石仏が並んでいる。
その日の帰り道、隣の原山地区にお伊勢の森神明社という神社がある。
新しい建物でそこには何もないけれどそこから北に少し入ったところに二基の石仏が並んでいる。

P7040082.jpg

一つは馬頭観音ともう一つは庚申の青面金剛像である。
畑の中の細い道の角で、如何にも寄せられたという風に植木に隠れるように並んでいる。
この庚申塔の基部に椀状穿痕が認められる。
線香立ての凹部の右手前に二つの凹みがある。
丁度雨だったので写真でもわかりやすい。
P7040086.jpg


庚申塔には寛保元年(1741)、馬頭観音は寛政5年(1793)の銘がある。
もとは庚申塔だけで北に向いていたという。
腰から下の病に効くとしんこうされていた。
建立年月もさることながら幕末から明治初期にどんな形で何処にあったかということを知りたいのだが今となっては手掛かりが少ない。
馬頭観音は馬の墓である。
里にあるものは道しるべを兼ねているものが多い。
山にあるものは馬の捨て場にたてられたもの。
仏像と異なり子供の遊ぶ場所ではなかった。
椀状穿痕が子供の叩いたものとすれば馬頭観音に少ない理由ともいえる。
それに明治の廃仏毀釈にも受難を逃れたといえる。
同じ場所なのに馬頭観音だけに椀状穿痕がないのは近年になって移動したものであるからだろう。
そんな仮説を温めておく。
この武蔵村山というところは石仏の宝庫である。

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2014.07.15(09:16)|穴ぼこだらけの神様たちコメント(0)TOP↑
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