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狭山湖の東にある仏蔵院にゆくと驚く。
大きな宝筐印塔があるのだが、それが御影石の柵で囲まれて守られている。
P1030346.jpg
驚いたのはその塔が立派なこともさることながら、その基台にきれいに椀状穿痕が残っていたことである。
P1030350.jpg
ぐるっと穴ぼこが四方を取り巻いている。
誰の仕業か知らないが、みごとじゃないか、彫刻の一部のようにさえ思える。
この塔、宝暦五年の作だという。
境内を南にまわってみると八基の石仏が並んでいる。
P1030354.jpg
その中の笠がついた六地蔵石幢の台座にもおおきな凹みがある。
P1030324.jpg
この台座は道しるべになっていておもしろい。
(文久三年)
もっとおどろくのは、ふたつ左に飛んだ百番供養のてっぺんである。
叩かれて凹んだものか、蜂の巣状態になっている。

P1030331.jpg

この石仏のあった本来の場所、勝楽寺は狭山湖の湖底に沈んだ。
今でも狭山湖の地図を見ると勝楽寺という入江がある。
地名になるほど大きな寺であったはずだ。
狭山湖が完成したのは昭和九年である。
寺の案内によると昭和四年にこの地に移転したという。
これらの穴ぼこは移転する前にすでに穿がかれていたものとおもう。
右隣の道しるべ馬頭観音もへこんでいる。
道しるべとして機能していた時代の名残である。
湖底に沈んだ勝楽寺村の辻に立っていて、子供たちはここで草もちでも撞いて遊んでいたものか。
現在のような立派な寺では住職の目もあるし子供はうかうかとは遊べまい。

P1030309.jpg
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2009.07.22(15:18)|穴ぼこだらけの神様たちコメント(2)TOP↑
見事な穿痕ですなぁ 所沢の佛像院は私のゼンリン地図にも訪問予定のマークが付いていた
狭山湖の大半は勝楽寺の村であったようですね
雨天で映像が好いですね
From: kogan * 2009.07.24 09:50 * URL * [Edit] *  top↑
Re: タイトルなし
> 見事な穿痕ですなぁ 所沢の佛像院は私のゼンリン地図にも訪問予定のマークが付いていた
> 狭山湖の大半は勝楽寺の村であったようですね
> 雨天で映像が好いですね

こんなのが近くにあったとはねぇ
From: 牛鳴 * 2012.12.16 10:46 * URL * [Edit] *  top↑
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