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青梅常保寺中
苔は思いがけないいたずらをする。
青々と苔むしたお地蔵さまなんて風情があっていいけれど
思い通りの苔にはならないようだ
これは青梅市にある常保寺のなかにあるもの。
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2013.03.28(09:02)|石仏賛歌コメント(0)TOP↑
茅野金沢矢の口権現1
摩利支天の隣には不動明王がいる。
その出来もいい。
おそらくおなじ石工によるものと思われる。
ところが
この不動明王に脇持の童子がいるのだが何故か丸彫りである。
茅野金沢矢の口権現こんがら3

茅野金沢矢の口権現せいたか2

こんがら童子とせいたか童子である。
作風もできも違う
あとから追加したものだろうか、石質も異なるものだ。
この矢の口権現にはほかにも石仏がある。
2013.03.23(08:39)|未分類コメント(0)TOP↑
昨日挙げた憤怒相の三面像は降三世明王としたが実はそうあではなくて
摩利支天である。
そばに不動明王があったから明王と思いこんでしまったが、猪に乗っている。
猪にのっているのは摩利支天である。
茅野金沢矢の口権現6
摩利支天は天部で普通は菩薩相や童子女相だがこれは珍しい。
気がつかなきゃいけないよねぇ
降三世印を結んでいる手がない
甲州街道からみえる甲斐駒ヶ岳の天辺に寄り添うような瘤を摩利支天というから山岳信仰が盛んな地でもある。
矢の口権現という名前からもそうだ。
それにしてもいい彫りだねぇ

2013.03.22(07:11)|石仏賛歌コメント(0)TOP↑
茅野金沢矢の口権現4
丸彫りでなければ三面像はこんな平面になってしまうんだねぇ
これが何とも素晴らしい。
赤い色を塗っているのはこの地区の行事のようだ。
故郷の茅野に帰ると何時も立ち寄ることにしている矢の口権現である。

2013.03.21(08:02)|石仏賛歌コメント(0)TOP↑
DSC_8801所沢東町
石工は亡くなった童の墓石として地蔵を刻む時、どんな顔だったか依頼主の親にいろいろと訪ねながら似せるように心がけるに違いない。
それは残されたその佛像をみればわかる。
(所沢東町の墓地から)

私は日本画の落款に使われる印を頼まれた時、その人の画風を見たいと思っているが、なかなか実現しない。
これはいけないことだと思っている。
後になってその作品を見てああよかったとおもうこともあるけれど、多くはない。
これではいかんねぇ。
2013.03.19(09:40)|石仏賛歌コメント(0)TOP↑
DSC_8799所沢東町
江戸時代は今のような墓石でなくお地蔵さんや観音さんを建てた。
このお地蔵さんは男の子だろう。
凛々しい顔をしている。
今のお墓はいっこうに趣がない。


2013.03.15(08:47)|石仏賛歌コメント(0)TOP↑
DSC_6721.jpg
同じ所の観音様
隣の公園から見えるところは写真にとっても叱られまい
みえてるんだから
2013.03.09(09:02)|石仏賛歌コメント(0)TOP↑
DSC_6713.jpg
明治になってからの観音様
おそらく一人の石工が百体もこしらえたであろう。
お顔が似ていらっしゃる
残念ながな中野にあるこの寺は
百体もあるのに
見せてくれない
写真を撮るなんてもってのほかという
観音様は
信仰のためにあるというのがその趣旨
美術芸術観賞品ではないと・・・
そんなこと言ってる間に石といえども
朽ち果ててしまう
2013.03.08(09:37)|石仏賛歌コメント(0)TOP↑
12.jpg
石仏のお顔は石工の腕しだいだけど仏心があるのだろうねぇ
見本やモデルがいるわけではないから
ただ心に浮かぶ観音様の顔を信じて彫っている
だから百年も生き続けるんだねぇ

東村山市 正福寺

2013.03.07(10:56)|石仏賛歌コメント(0)TOP↑
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