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写真や絵手紙など牛鳴HPの玄関先です「牛鳴さんちのたからもん」

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国司の見合い

男衾三郎の長女が国司とお見合いをすることになった。
国司はプイと横を向いてしまった。
絵巻はここで切れている・・・
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2011.05.28(14:58)|絵巻物の子供達コメント(0)TOP↑
男衾三郎の家族
男衾三郎の子どもは五人とも妻に似ていた。
遺伝的にも当然だが・・・
そのうち長女と男の子が描かれている。
2011.05.27(09:39)|絵巻物の子供達コメント(0)TOP↑
平安時代の女性はみんな長い垂髪をしていたわけではない。
それに人の髪は足元に引きずるほど伸びる人はおおくない。
絵巻物の侍女なんかはみんな背中のあたりで束ねていて長さは腰のあたりまでのようだ。
仕事をするのに邪魔になるからごく自然に巻き上げて束ねる方にすすみ、やがて十二単を着なくなると機能的な髷にかわっていったものと思う。
さて、男衾三郎絵詞という絵巻物がある。
男衾三郎の妻は縮れ毛で鼻は天狗のようにながい醜女であった。

男衾三郎の夫妻

2011.05.24(09:14)|絵巻物の子供達コメント(0)TOP↑
化粧-
ご存知百人一首の絵札に見る長い髪の姫
その時代、どうして髪は裾まで届くほど長くなってしまったのだろうか。
美しい・・・そりゃそうだが暮らしは大変だったのではなかろうか。
寝るときはどうしていたのか、枕屏風にかけて寝たのか、打乱箱に入れて寝たのか。
歩くときは侍女に箱をもたせて歩いたのか。
絵巻物をよく見ると総ての髪を伸ばしていたのではなく鬢だけは肩の下までで切りそろえていた。
下端(さがりば)鬢削ぎという。
それが一層なまめかしくみえる。
2011.05.23(16:48)|絵巻物の子供達コメント(0)TOP↑
職人の様子-

これは石山寺縁起絵巻の中にある場面、もう男の子は大人の仕事を手伝っている。
喧嘩している時期をすぎれば少しずつ大人の仲間入りとなる。
この時代のこどもに道祖神を叩くようないたずらの余地はなさそうだ。
2011.05.12(09:07)|絵巻物の子供達コメント(0)TOP↑
PTDC0037.jpg

PTDC0038.jpg

伴大納言絵巻の中、舎人と出納の子供がつかみあいの喧嘩をしている。
そこへ親が入って加勢した、実はそのことがきっかけで伴大納言の物語が始まるのだが子供には喧嘩がつきものである。
私の子供のころも良く喧嘩をした。
親は大抵みてみぬふりをしている。
もし出てくると、「子供の喧嘩に親がでる」とあとあとまではやしたてられることになる。
この時代の服装がよくみてとれる絵ではないか。
この子たちはひとえの着物にはだし、髪は「うない」であろうか。

2011.05.08(10:20)|絵巻物の子供達コメント(0)TOP↑
PTDC0035.jpg

西行物語のなかに祠の絵が出てくる。
塀で囲まれた鳥居のある祠で当時としては立派な祠であるとおもわれる。
この祠の本殿の前に丸い石が二つ並んでいる。
扉の押えのようにも受け取れるけれどそれにしては大きすぎるから丸石を供えたものではないだろうか。
山梨県には祠にこんな形で置かれた丸石がおおい。
するとこんな時代からずっと続いている丸石神かもしれない。

2011.05.03(08:27)|絵巻物の子供達コメント(0)TOP↑
端午の向礫

似たものに端午の向礫という行事がある。
石に紐をつけて振り回しはずみをつけて相手に投げるものらしい。
京童部の行事とあるが絵では大人に見える。
石の投げ合いが年中行事になってしまうとは
はて、物騒な!

(年中行事絵巻から)

2011.05.02(16:34)|絵巻物の子供達コメント(0)TOP↑
正月の印地

年中行事絵巻の中にある正月の印地打ちのようす
印地は川を挟んで両側から石を投げ合うもの、石ツブテにあたって怪我をしたりエスカレートして刀を抜いて切り合う場面まである。
子供もいるが大人が多い。
起源は実際の戦で用いられた戦法らしいけれど、この時代には行事化していたようである。
石を拾うこどもや見物するものもいる。
行事とは言え危険なものらしい。

山梨県の道祖神について調査した中沢厚氏は子供のころの正月の経験として隣村の子供どうしが川を挟んで石の投げ合いをしたと語っている。
それは道祖神祭りの一環であった。
実は私の故郷でも正月ではないけれど虫祭りという行事で時には隣村と石を投げ合ういさかいがおこった。
同じ日に隣村どうしで虫祭りが重なると、道祖神に対峙して睨みあいになりやがては石の投げ合いになる。
隣村でも普段は争っているわけではないし、かといって仲間として遊そぶということもない。
行事にかこつけた集団のいさかいでこれによって村の仲間意識としての絆はいっそう強くなるのである。
それは童から大人に変身するための必要不可欠の道でもあった。
大人とてそれを制止できない。
通ってきた道であるのだから。
近年になるとそれは自粛されて道祖神の祠の穴ぼこの深さや多さを競うものになっていったとも考えられる。
道祖神や石灯籠などどこの村にもあるものだから、それに常に見られる場所でもある。

この絵を見ていると多くは素足である。
中には草履や靴を履いているものもいるけれど寒くなかったのだろうか。

印地

2011.05.01(09:30)|絵巻物の子供達コメント(0)TOP↑
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Author:牛鳴

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