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写真や絵手紙など牛鳴HPの玄関先です「牛鳴さんちのたからもん」

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青梅街道の小平上宿に小川寺がある。
このあたり地名も小川という。
青梅街道はもともと江戸城の白壁を塗るために青梅の小曾木で焼かれた石灰を馬につけて運ぶ道であった。
青梅新町を出て村山郷(箱根ヶ崎・石畑・殿ヶ谷・石畑)を過ぎると田無村まで萱の生い茂る難所である。
この辺境の地を岸村の小川九郎兵衛が願い出て明暦二年(1656)に石灰継立駅としての新田を開拓し成功したから名をとって小川村という。
多摩川の羽村から江戸四谷に向けて玉川上水が開削されたのは承応三年(1654)のこと、翌年には野火止用水が分削される。
この用水の分水を願い出て許されたのである。
村を作るとともに市ヶ谷の月桂寺雪山碩林大禅師を招聘して薬師如来を本尊とした小川寺を起こす。
今でいえば新興地にまず診療所をつくるようなものだったのだろう。
その小川寺にはなかなかいい石仏がある。

DSC02462.jpg

これらの石仏が雨に濡れると風情があっていいのだ。
格好の写真の材料となる。
何回も訪れているのに気がつかなかった。
境内の馬頭観音の台座に椀状穿痕があることを。
正面の「馬頭観世音」という文字がとても読めない飾り文字になっている。
そのことばかりに気をとられて以前写真に撮ったときにも気がつかなかったのだ。
今日は小川寺の雨にぬれた紅葉を撮ろうと訪れて、ここには紅葉もないのに濡れていたせいで椀状穿痕が目に入った次第。
こんなにはっきりとした穴ぼこがどうして気がつかなかったのか、我ながら節穴同然の目玉に愕然とする。
一段目の台座にもあまり深くはないが穴が穿っている。
台座には発願 小川弥市・弥次郎とあるから小川九郎兵衛から十代ばかり後の子孫が建立したもの、文化十五年(1818)の銘がある。

DSC02461.jpg

この馬頭観世音は山門をくぐって右側にある。
木の陰になっていて分かりにくいけれど左側にも石塔があって、その台座にもおなじように椀状穿痕が看てとれる。

DSC02465.jpg

こちらには文化十四年(1817)の銘がある。
両方とも台座には綺麗に椀状の穴が並んでいる。
それらの穴の中にはひときわ大きくて深いものがある。
それにひきかえ控え目な窪みもある。

DSC02468.jpg

台座の稜にある小ぶりの穴なんかをみていると、年長者が威勢よく音頭をとりながら一番いい席で叩き、それにつづく子たちが周りを取り囲み年長者の音頭に合わせてたたく。
みそっかすはそれらを習うように角で叩いたんじゃなかろうかと察したりもする。
すくなくともよく言われるようなままごとの草餅を撞くための穴ではない。
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2010.11.30(08:23)|穴ぼこだらけの神様たちコメント(0)TOP↑
東大和市芋窪三の四街道というバス停近くに蓮華寺がある。
その入り口右側に三つ四つの石仏が並んでいる。
その一つに六面六地蔵がある。
DSC_5984.jpg
それほど大きなものではないが笠付きのなかなかいい形の六地蔵である。
その石幢の礎石に椀状穿痕がある。
DSC_5994.jpg
明治二十一年総村中
他には椀状穿痕の認められる石仏は見当たらない。
椀状穿痕は子供たちが何らかの行事や遊びで叩いて凹ませたものであるならばもっと他にもありそうなものだが・・・
というのはこの地区でよく見かける椀状穿痕はもっと大きな石仏の礎石がおおく、いかにも大勢で取り囲んで一斉に叩いたようにみえるものが多い。
それがこの六地蔵は一人か二人が陣取ってしまえばおしまいである。
それほどの大きさである。
それにこの穿痕を見ているといかにも粗い。
急いでわざと穴を一面にこしらへたという感じがする。
六地蔵というものは墓地にあるもの、子供は墓地では遊ばないものだ。
まして、墓地でひとりふたりではなおさら遊ぶことはあるまい。
いったい何故だろうか。
この蓮華寺は村山貯水池の建設にあたり水没地域から大正十二年に移築したという。
そのとき多くの石仏も同時に移されたはずで、この六地蔵もその一つと思われる。
当時はどんな形でどこにあったのかは想像もできないが、すくなくともここに移転してから叩かれたとは思えないから、移転前にそれももうすぐ遊び場も無くなってしまうという思いで性急に叩かれたものではないだろうか、などと勘繰ってしまう。
隣には大きな馬頭観音の石塔がある。
見上げるような高さの石塔だが礎石はない。
ひょっとしたら前の場所では・・・などと更に勘繰ってしまう。

2010.11.26(13:41)|穴ぼこだらけの神様たちコメント(0)TOP↑
所沢上新井普門院6
所沢の上新井にある普門院に上洗石と書かれた石がすえてある
はて、目黒に洗石というところがあるけれど・・・
手洗とおなじように足を洗う場所でもあるのだろうか
上がついているからには二つあるのだろうか
みあたらない
私が驚いたのは、そのことではない
右脇に穴を穿ったように凹んでいることであった
この穴は何の穴だろうか
自然に凹んだとはおもえない
何かの意味があるから
ここに据えてあるのだとおもわれる
2010.11.22(09:14)|穴ぼこだらけの神様たちコメント(0)TOP↑
根津正洞院
根津正洞院の庭に不思議な石が据えてある。
煮えて泡が立ったかのようにぶつぶつと穴があいている。
石といえども元は液体だったのだろう。
こんな石がときどき疣取り石として登場する。
ちょうど雨水がたまって、
効きそうな感じであったが、庭石のようだ。

2010.11.11(08:57)|穴ぼこだらけの神様たちコメント(0)TOP↑
七日子神社1

山梨県の七日子神社の敷地内に不思議な石が散乱している。
灯篭かなにかのパーツのようでもあるがわからない。
道祖神か塞の神か、それにしても故意に壊されているようにもみえる。
気にしているのはそんな石組の礎石のような石に穴があいている。
どう見ても人が加工したようにはみえない。
すると自然に穴のあいた石を何らかの目的で持ってきたものか。
信州には神の鹿が踏んだ足跡といって同じような石もある。
たまった水をイボ取りのまじないにでも使ったものか。
こんな不思議な石には霊力がそなわっているのものなのだろう。
不思議な石である。
2010.11.01(18:39)|穴ぼこだらけの神様たちコメント(0)TOP↑
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