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写真や絵手紙など牛鳴HPの玄関先です「牛鳴さんちのたからもん」

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言い伝えでは天文五年、武田信玄が川中島の戦いのとき、この地蔵に縄をかけて引いてきたといわれている。
あるいは別の言い伝えでは大門峠から引いてきたともいう。
いずれも武田信玄の頃の話でこの地で動かなくなってしまい安置したとされる。
背中にもからだにも引いてきたときの縄の跡が放射状に残っていると伝えられている。
椀状穿痕のある台座は別石だが、そんな伝承であれば別のものであるかもしれない。
写真にはひざの部分に引っかいたような線状のくぼみが見て取れる。
どうやらこれが引いた時の縄跡というものらしい。
どうみても引きずった跡にはみえない。
しかも凹んだ部分にも線状の傷がある。
こんな傷は引きずってもつくことはない。
思うに何かの願掛けかまじないのために傷つけたものではなかろうか。
台座の穴も関係ありそうに見える。
何かで引っかいて筋状にくぼみを作った狛犬の台座を見たことがある。
石で穴を穿つ行為、それがそのとき派生する石の粉を得るためとしたら叩かなくてもかきとるという方法でもいいわけだ。
こうなってしまうと地蔵なのかそうでないのかそれさえもわからない。
正覚寺とは関連しないのかもしれない。
知るのは仏ばかりというものだ。

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2010.02.07(10:12)|穴ぼこだらけの神様たちコメント(0)TOP↑
20090203_46.jpg

甲州に味噌なめ地蔵というものがある。
これが味噌を塗りたくったお地蔵さんとわかると
写真だけ見てもつばが沸いてくる。
どうして味噌を塗られるようになったか
それはわからないが
このお地蔵さん、台座を見ると
あなぼこがあいている。
味噌は貴重なものだった時代・・・
そんな時代の他に別な行事があったのかもしれない。
お地蔵さんを叩くという。
2010.02.05(13:55)|穴ぼこだらけの神様たちコメント(0)TOP↑
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