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写真や絵手紙など牛鳴HPの玄関先です「牛鳴さんちのたからもん」

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これは!このお姿はいったいどうしたということだ。
かんかん地蔵というものがあるというので訪ねてみた。
そのかんかんという意味はこれだったのだ。
石で体中をかんかんと叩かれてこんな姿になってしまわれた。

P1010992.jpg

田中というのは狭山市にある田中という共同墓地のことであった。
国道16号線が狭山環状線と交差するところの南側で稲荷神社の隣にある。
田中墓地といっても寺があるわけではなく幾十かの墓が乱立している。
その奥まったところにかなりおおきな(総丈一丈ほど)の石仏が三体並んでいる。
どれも錫杖をもった地蔵の形をしている。
他の二体はどこも叩かれていないのに一番左のこのお地蔵さんだけが叩かれている。
蓮台にはこの石で叩いたといわんばかりの小石が乗っているではないか。
いま誰かが叩いたかのように叩き跡が白々とあたらしい。
身代わり地蔵だろうか、体の悪いところを石で叩いて祈願したら平癒したという伝承がある。
そういった信仰は世間によく伝わっていて撫で牛とか水かけ地蔵などみんなそのたぐいであろう。
中には直したいところに金箔を貼るなどというものまであって小さな金箔一枚五百円で売っているところまであるから世の中広い。
このお地蔵さん、叩かれているところをよく見ると杖や袂まで叩かれている。
どうやら実際に信仰の対象になったのは昔のことで、後は面白半分、叩かれてしまったのではなかろうか。
幸いに知る人は少ないし、人通りも多くないから形がなくなってしまうほど叩かれることはなさそうだ。
このかんかん地蔵だけ特別待遇で献花線香台が新設されている。

P1010999.jpg

わらべ歌に「このかんかん坊主くそぼうず」というのがある。
そのかんかんとは鐘を叩く音なのだが、子供らがそんな真似をして遊んだのではないだろうか。
お地蔵さんを叩いてもかんかんとは鳴らない。
そんな堅い石ではないからだ。
オノマトペはこつこつだろうとおもう。
かんかん坊主は子らと叩いて遊んだのではなかろうか。
いったいいつごろのものか。
裏には武州入間郡田中村とだけしるされていた。

P1020002.jpg


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2009.04.30(10:04)|穴ぼこだらけの神様たち||TOP↑
韮崎の神山に武田八幡神社がある。
その参道に木造の鳥居が立っている。

P1010578.jpg

この八幡神社は古くからあったらしいが武田氏発祥の神社とした。
神社には石の鳥居があって、参道のこの鳥居は二の鳥居である。
両部鳥居で両側に稚児柱を伴っている。
木造の鳥居でこんな形で残っている例は少ないとおもう。
資料によると元禄14(1701)に再興、さらに寛政元(1787)に再再興とあり、近年には補修や屋根をつける修理をしたとある。
するとこの鳥居は寛政のものか元禄のものか、詳しくはわからないがかなりの歳月を経ていることだけは確かであろう。
雨風に現れた柱に触ってみると年輪が浮き立ちその古さを目の当たりにすることができる。

P1010616.jpg

今でも毎年例祭がおこなわれ、どんな形の祭りかわからないがこの鳥居も飾り立てられて祝われているのだろう。
柱がすり減っていることから想像は膨らんでくる。
しめ縄がかけられ万幕が張られたのかもしれない。
そう思って稚児柱に渡された梁の摩耗をなでている時、気がついた。

P1010618.jpg

梁の材に穴ぼこが開けられている。
木の節かと思ったそうではない。
この凹みは道祖神などの石の祠やその台座で見かける叩かれた跡とおなじものではなかろか。
穴ぼこは不規則にある。
子供たちがこの梁にまたがって石でたたきながら何らかの遊びをしたのだろうか。
あるいはいにしえの子らの行事であったのだろうか。
これはえらいものを見つけてしまったようだ。
ただ、その穴ぼこがなにを意味するものかは語ってくれない。
叩かれてもなおびくともしない木材のしたたかさがそこにあるのみだ。


2009.04.12(10:39)|穴ぼこだらけの神様たち||TOP↑
P1010632.jpg
韮崎の近くに武田八幡神社がある。
その山門前にこれがある。
前は別の廃寺にあったらしく移築したものという。
みごとな百仏である。
ちょうどしだれ桜が背景を飾っていた。
2009.04.11(09:23)|未分類||TOP↑
中野の新井薬師は梅照院というのだが新井薬師で通っている。

EPSN0043.jpg

その新井薬師の山門から東に向かい早稲田通りの中野五丁目信号に通ずる道を通称で新井薬師通りといっている。
早稲田通りからくらべるといまでこそにぎやかとは言えないが昔から主要な通りであったのだろう。
中野駅に向かうバスが通っている道である。
その早稲田通りの中野五丁目に差し掛かる直前、右に小さな地蔵堂がある。
何時でもこういったお堂があると中を覗くのが習慣になっている。
いまでも信仰が厚いらしく生花が飾られろうそくや線香が供えてある。
いまさっき誰かが手を合わせたばかりのようだ。
いつもは中をのぞいたらすぐにお邪魔するのだけれど、今日は違う。
このお地蔵さんの台座に目を奪われてしまった。

EPSN0058.jpg

この地蔵と蓮の台座はもともと一緒のものであったのかどうかはわからない。
セメントで接続されているが、石の質が違うようにもみえる。
うまくのっているから石の色が違うけれど一緒のものかもしれない。
目を奪われたのは台座にあきらかに叩いた凹みがあるからである。
それもいくつもある。
よこっつらにもある。
上面にもある。
ほとんど蓮の花には見えないほどに叩かれている。
お地蔵さんにはそんな傷は見当たらない。
これは明らかに道祖神や庚申塔に見られる凹みと同じものにちがいない。

EPSN0056.jpg

たまたま別の用事で中野の駅に向かう途中であった。
幸いカメラは持っていたがワイドレンズしか手持ちがない。
ちょっと画像は歪んでしまうが数カット撮れた。
裏の方に回って年号を確認しようとしたら脇からおばあさんが手を合わせてきた。
ま、また今度にしよう。

2009.04.01(10:11)|穴ぼこだらけの神様たち||TOP↑
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