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写真や絵手紙など牛鳴HPの玄関先です「牛鳴さんちのたからもん」

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額に横皺をよせているが
これでも童子ぞ
不動明王の眷属ぞ
つよいんだぞ
だから口もへの字ぞ

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2007.02.28(15:44)|未分類コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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鼻がとれてしまった。
これでも狛犬なんだぞ。
これでも浅草を守っているんだぞ。
そんなに見ないでくれ。
(浅草寺)
2007.02.27(21:00)|狛犬さん吠える唸るコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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剣をもっている。
そりゃ強いだろう。

体には龍を巻きつけている。
そりゃ強いだろう。

2007.02.26(09:09)|未分類コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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これが鬼の顔だろうか
どう見ても天下を憂いている顔じゃないか

2007.02.25(08:57)|未分類コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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永泉寺のお不動さん。
天明八年銘がある。
村中安全と銘がある。
ずっと鑓水の村を睨んでござる。

今年も紫陽花の芽が膨らんできた。
今年も鑓水は安全だろう。

(八王子鑓水 永泉寺)

2007.02.24(08:36)|未分類コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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四角い柱の穴がなければただの石、たちまちどけられてしまいそう。
この穴の持つ力は大きい。
「ぜったいにここをいごかねぇよ」
とイジを張っている江戸っ子のようだ。
四谷あたりの石工の技か。
2007.02.23(09:31)|未分類コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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仏さまの優しさは硬い石の方が容易に現せるようだ。
不思議なことである。
絵や塑像のように加えてゆくことよりも
削り取って行くことが仏の心に通ずるのだろうか。

2007.02.22(09:23)|未分類コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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いつまでもだだをこねていていいんだよ
なんぼでもぞぜぇていていいんだよ
子をあやしているときが
親のいちばんおやらしいときなんだから
だから
いつまでもそうしていていいんだよ

(秩父 金昌寺)
2007.02.21(09:59)|未分類コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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自分の悪いところと同じ場所に金箔を貼ると平癒するという。
左側が薄いのは右利きが多いせいか。
でも治療代はちょと高いよ。
(目黒 大円寺)


2007.02.20(09:21)|未分類コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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子供の頃、雨がふると背中まで泥をはねあげて帰った。
よほど歩き方が下手糞なのかもしれない。
それは今でもかわらない。
ズボンの内側をこすってよごし背中まで跳ねをあげる。
どうやら足の長さが左右でちがい、足の大きさも左右でちがうせいらしい。
歩かないのに泥をはねてるお地蔵さんよりはいいけれど。

(小平市小川寺)

2007.02.19(09:03)|未分類コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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魚の頭にはご利益がおありでしょうか。
猫や犬にも仏心があるでしょうか。

(目黒 大円寺)
2007.02.18(09:06)|未分類コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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敷石に方角が刻んである。
敷石を敷いてから刻んだものだろうか。
刻んでから敷いたものだろうか。
昔は方角をどうして正確に知ったのだろうか。

(目黒 大円寺)
2007.02.17(08:38)|未分類コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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はてな
たしかあのときお前さんは
石仏なんか
しょせん迷信信仰の骨董品なんぞと
いわなかったかな

いわんいわん

言わなくてもそうおもってたんじゃないかな

どうかな
今でも半信そうおもってるんじゃないかな

ふっふっふっふ

(秩父 金昌寺)




2007.02.16(08:39)|未分類コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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日本の象徴である観音さまを名前にしようとキャノンという名前にしたのだそうである。
そんなことが書かれているふるいカメラの本には挿絵が大仏さまだったりする。
頭にぶつぶつがあるのは観音じゃなくて如来。
観音さまは姿を変えてるから一定しないがキャノンの観音さまは
髪飾りを着けた美人の観音さまじゃなかろうか。
(茅野市玉川)
2007.02.15(09:25)|未分類コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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この石仏をかみさんと息子を背負った世帯主の顔だといった俳人がいる。
そうだそんな責任感のある顔をしている。
柚木の痩せ地を耕すには悲壮の決心が必要だった。
(八王子)
2007.02.14(09:18)|未分類コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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お地蔵さん
きょうは
いい天気だねぇ
そこから大久保のむらは見えるかね
  
圏央道は八王子城跡を突っ切って
高尾山をぶち抜こうとしている
この陣馬街道は
ダンプカーがひっきりなしに土煙をあげて通る
このむらをまたぐ巨大な高架はもう形をなしてきた
寺は今年も椿を咲かせた
お地蔵さんはだまって見おろしている

(八王子市下恩方 淨福寺)

2007.02.13(08:21)|未分類コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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庚申の猿といえば多摩には変わった猿たちがいる。
梅の花に遊ぶものや竹に戯れるもの、三番叟を踊るもの、馬に乗るものなどである。
この駒曳き猿も面白い。
二人で馬の綱を引っぱって一人は後ろから追い立てている。
背景は梅の花だろうか、のどかな情景である。

(八王子長房町)
2007.02.12(08:29)|石になった猿たちコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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庚申塔には猿がいる。
どうかすると青面金剛像よりも猿の方が面白いものがある。
大抵は見ざる聞かざる言わざるだが、この小猿たちの可愛いこと。
顔だけじゃ、男の子か女の子か判らないからねぇ。

2007.02.11(08:46)|石になった猿たちコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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今戸焼きのたぬきはあちこちにいる。
野生の狸は多いというけれど実際に見かけることは少ない。
かといって動物園での狸は人気が少ないようだ。
昼間でてくることがないからだろうか。
狸ほど作り話や作り物のたぬきと実際の生き物との
落差が大きい動物も少ないんじゃなかろうか。
実際の狸はつくりものよりずっと小さいからかもしれない。
作り物のたぬきは愛嬌がるから好む人も多い。
この寺の和尚はよほどたぬき好きだったのか、
となりにもうひとつある。
石ゆえにどっしりと
実にどうどうとしたたぬきじゃないか。

狸は化かすだろうか。
このたぬきならきっと化かすにちがいない。
「なぁ」

(三鷹 安養寺)
2007.02.10(10:09)|未分類コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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近くの方から「五日市の昔の話」を頂いた。
その本には昭和の初期、念仏講は子供の行事であったと記されている。
大寒に各家の軒先をまって念仏を唱え菓子を貰うのだ。
子供の楽しみであったと。
もとは僧の苦行として寒中に念仏を唱えて要所をまわった寒念仏がいつの間にか庶民の講になって、念仏ついでのお茶のみ寄り合いのようなものになった。
それはがついに子供の行事となってしまった。

念仏を唱えるといっても形、姿だけじゃだめじゃ
それ、顔は鬼のままだぞ

そんなお説教は通用しない時代になったんだよ

ところで角が折れているのはな
角を出すなんていうじゃろが
角は我の象徴、
角が折れれば鬼も一丁前というわけさ
子供の夜泣きはワシが直してやるぞ

(所沢 多聞院)
2007.02.09(09:04)|未分類コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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縞々みりゃわかるだろ
狗じゃないぞ
猫でもないぞ

なにぃ
鬚がねぇって
そこまでいうかぁ
毘沙門天の化身だぞぅ

(所沢 多聞院)

2007.02.08(09:09)|狛犬さん吠える唸るコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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同郷の藤森栄一は井戸尻の土器の模様に蛇を象ったものがあるという。
蛇は縄文の時代から神聖な神だったというのだ。
蛇といわれれば蛇に見えないことはないのだが、にわかに信じられない。
一体どれほどの人が毒蛇にかまれて死んだのだろうか。
そんな人間の敵が神になるはずはない。
初めて蛇を見る小猿でも怖がるのに人間だってかわらないような気がする。
私だって蛇を見ると一瞬ドギッとするのだ。

水辺に蛇は多い。
水辺の弁天さまがいつから蛇になってしまったのだろうか。
その蛇に人の顔をすげるとはいったいどういう発想なのだろうか。
人の恐れるものを神にしてしまう宗教マジックがそこにあるような気がする。
石を訪ねるのにこの宇賀神は最後にしようとおもっていた。

(三鷹市 井の頭公園)
2007.02.07(10:07)|未分類コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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人気のある神社の狛犬はよく人になついているらしく、触られてすべすべしているが、山の狛犬は番犬らしく吠え立てる。
それでこそ狛犬じゃないか。

(飯能)
2007.02.06(08:14)|狛犬さん吠える唸るコメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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卒塔婆はお墓のシンボルだ。
時代は卒塔婆を板に墨書きで作るようにかわった。
今はパソコンのプリンターで自動的に書いてしまうものまであるという。
石の卒塔婆は消えてしまったが慈光寺の板碑は立派に残っているということで訪ねてみた。
車のナビで場所はすぐにわかったが慈光寺はこの先の山いっぱいに塔頭が点在していて圧倒される。
あとになって案内書などを再見するにつけ「あぁ、見落としている」と悔やむ。
慈光寺はまた訪れなければならない寺である。

(埼玉県比企郡)

2007.02.04(09:14)|未分類コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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神様が降りた場所
なにも囲いをしなくなっていいのに
人が踏み込んではいけない場所らしい
(諏訪神社 春宮)
2007.02.03(09:10)|未分類コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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冬の日のお地蔵さんには椿の花が良く似合う。

(飯能)
2007.02.02(10:19)|未分類コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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お地蔵さまは人気があった。
このお顔を見ていれば判るような気がする。

(八王子 地蔵堂)
2007.02.01(08:53)|石仏賛歌コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
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Author:牛鳴

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